社説 現場の声 新たな息吹を マイクリップに追加
兵どもが夢の跡と言わぬまでも、下水道事業のかつてのような熱気の消失を憂う声が数多く聞かれる。一体、なぜだろうか。人口減に伴う使用料収入の減少や担い手の不足、老朽施設の増加、災害対策、脱炭素への対応など待ち受ける課題は明確であるにもかかわらずだ。
好意的に受け止めれば、普及整備のピークを過ぎた成熟ゆえの姿かもしれない。一方、現代の下水道を取り巻く課題の根の深さから、その解決の糸口を見いだせず、足踏みしている状況とも考えられる。
下水道事業者による自律的な運営と国の制度・予算、さらに民間企業の活動によって課題解決を図ることは、日本の下水道インフラの慣習とも言えよう。つまり、その中核となる事業者の「現場の声」こそが課題解決の起点であるのだ。
今月から全国7地区の地方下水道協会の総会が幕を開ける。日本下水道協会の連携団体として活動する地方下水協で集約される「現場の声」から導く課題解決の道筋は、王道とも言うべき重みがある。地方下水協の設置から10年という節目でもあり、そして下水道界を取り巻く環境も変化する中で、「現場の声」のあり方を再考してみよう。
■地方下水協の活動
地方下水協は、2012年の下水協の公益法人改革を機に設置されている。かつては、下水協の地方支部、都府県支部として活動していたが、公益社団法人としての手続きなどを考慮し、本部活動と分離することとなったのだ。
七つの地方下水協を構成するのは、都府県46の各協会と北海道の五つの地区支部となる。事業者からの要望は「会員提出議題」と称され、都府県協会と地区支部を通じて、事業者が現場で直面する課題から、国の制度、予算、支援等を改善するための提案を行い、この提案が各地方協会の総会へと上程される。地方下水協で採決した会員提出議題が6月下旬の開催を恒例とする下水協の全国総会で審議され、最終的には、下水道事業者の総意として、国などの関係機関への正式な要望となる。
この意見上申の流れは、公益法人改革前から変わらないが、地方下水協の総会の開催方式が大きく変化してしまった。地方下水協の設置当初は、かつて「地方支部」と呼ばれた組織の活動を継承し、各地区内の正会員が集い、賛助会員である民間企業も同席した中で熱心な意見が交わされていたが、時とともに都府県協会の代表都市のみが参加する形式で総会を行う地方下水協が増加していった。自治体の下水道の執行体制が絞られてきた中で、簡素な開催方式を志向した側面もあろう。
この結果、研修などで顔を合わせる機会こそあるものの、下水道事業者が集う場は徐々に失われ、「現場の声」が担当者による電子データのやり取りによって形作られていくことが一般化されてしまった。重ねてコロナ禍がこの流れに拍車をかけた。地方下水協の総会は、全ての地方で書面審議となり、緊急措置的な社会状況下とは言え、ここ数年は参集すらも叶わない侘しい状況となっている。
今、ようやくコロナ禍の状況に光明が見え始め、徐々にではあるが、事業者が集い、熱を持った「現場の声」を取り戻す機運が出てきたのはとても良い兆候である。
■官民に生じた溝
官同士の距離以上に、民間企業と地方下水協との距離が大きく乖離してしまっている現状も大きな懸念材料となっている。
公益法人改革前から、その予兆はあった。発注者と受注者の関係にある官と民が同じ場に集うことへの抵抗感が、社会を覆い始めていたからだ。かつては、地方支部単位で開く総会後には必ず意見交換会が催され、正会員である官と賛助会員である民が、場を共にし、自由に意見を交わし、顔の見える信頼関係を構築してきた。民間企業にとっては、事業界の情勢を見極める上でも有効な場であった。
次第に民間企業が意見交換会に参加することが難しくなり、ついには、多くの地方下水協では、民間企業が活動に参画する場すらも失われてしまっている。今や生産年齢人口の急激な減少等に直面し、あらゆる公共政策が官と民の関係性をパートナーと標榜する時代になった。
「現場の声」を構成する大切な民間企業のピースが噛み合っていない。国などが主導し、新たな官民連携を促す場の創出も見られるが、下水道インフラの公共性において、一度出来上がった官民の大きな溝が埋まったとは言い難い。
■0.51%の真の意味
かつて下水道界の「現場の声」は、課題解決への確かな流れを伴っていた。今、最も懸念されるのは「現場の声」を作り上げ、発信していく下水道事業の当事者そのものの活力が失われつつあることである。
総務省の人口推計によると、2020年から2021年にかけて、日本の人口は約64万人減少した。この減少幅は過去最大でありながら、さらに加速していく。人口割合の大半を占める首都圏、稠密な都市部に住む人々がどれほどの危機感を持っているだろうか。
人口減少の状況は率にすると0.51%。しかし、当然ながら地方の状況には差異がある。減少率にして5%に達する町村、数千人単位の減少が続く自治体もあり、減少の質も異なる。この数値の真の意味を理解する地方からの多様な「現場の声」が、かつてないほどに重要であるが、声を発する機運は高まらない。
官であろうと民であろうと「現場の声」を発し、大きなうねりにしていかなければ、日本の下水道の危機は為政者に見過ごされてしまいかねない状況にある。
■集い、声を上げよう
日本下水道協会は今年4月、会員の声と知見を結集して、下水道界の質的発展へと導くことを志し、組織体制を見直した。会員の声を、具体的なソリューションとするための受け皿を拡充している。
これまでも、これからも下水道事業を健全な状態で持続可能にしていくためには、地方下水協が担う役割と責任は極めて大きいのだ。健康で衛生的な市民生活を支えているのは紛れもなく下水道の力である。
コロナ禍による制約は続き、今年度も多くの地方下水協の総会は書面決議での開催を余儀なくされるが、7地方の下水協総会を前に「現場の声」の大切さ、加えて地域の下水道関係者が集う意義を問い直し、積極的な議論の場の創出、本音に触れられるあらゆる交流の場への参画を全ての下水道関係者に望みたい。