新春特別対談:下水道の進化と持続を展望する 寺川孝・大阪市建設局長×松原誠・国土交通省下水道部長 マイクリップに追加
下水道事業は大きな転換点に差し掛かっている。人口減少、増大する老朽化施設、頻発化する豪雨災害への対応などといった課題に加え、脱炭素化への貢献、汚泥の肥料利用拡大、そして新たな官民連携の枠組みであるウォーターPPPの導入など対応すべき分野は多岐にわたる。折しも大阪市では、2023年12月に「21世紀に求められる、次世代の下水処理場」である海老江下水処理場が、その再構築を完了し待望の通水を迎えた。
そこで全国に先駆けて未来の下水処理場のあり方を示した大阪市の寺川孝建設局長と、国の下水道行政を司る国土交通省の松原誠下水道部長との対談を通じて現下の下水道事業が抱える課題解決に向けた施策のあり方、そしてこれらを通じた下水道の進化と持続に向けたヒントを探る。(2023年12月15日、大阪市下水道科学館にて収録)
口火切り議論引っ張るなくてはならぬ存在…松原氏 国のべき論と地方の実務互いに擦り合わせ…寺川氏
■大都市のリーダー格として
―お二人は下水道の世界で国の行政、大阪市の行政をそれぞれけん引されてきました。京都大学の同窓生ということもあり、意識することも多かったと思います。お互いの第一印象はいかがだったでしょうか。
計画研や、(今はもうありませんが)雨研など大都市の皆さんが出席される会合では、必ずと言っていいほど寺川さんが一番に発言をされている姿が印象的でした。寺川さんに口火を切っていただくことで、これが呼び水となって他の大都市の方が発言されるなどディスカッションが盛り上がることが多く、まさに大都市のリーダー格としてなくてはならない存在です。
ところで、いつも濃いめの関西弁でお話しされていますね。私も引きずられてしまいます。
寺川 実は、日本下水道新技術機構への出向で東京に赴任した際に一度だけ標準語に挑戦したことがあったのです。ただ努力はしたのですが、3日で挫折しましたね。それ以来、標準語は諦めて関西弁一本で通しています。
松原 関西弁がなくなってしまうと、寺川さんのキャラクターが薄まってしまいます。ぜひそのままでお願いします。
寺川 私も、若い頃から本省に松原さんという京都大学出身の方がいらっしゃるということは認識していたのですが、個人として意識してはいませんでした。個人として松原さんを意識するようになったのは、国が合流式下水道の緊急改善に向けた政省令の改正の検討を始めた頃でしたね。
―その頃から本格的に交流が始まったのですね。
下水道は国が創設した制度や補助金を活用して進めますが、自治体事務である以上、実務側であるわれわれとしては、「その制度では上手くかみ合わないよ」「こういうことを認めてもらえると事業が進みやすい」という要望もあります。一方で国側は、こうあるべきという「べき論」での仕事が基本スタンスです。その擦り合わせのため、よく本省を訪ねていました。
本来であれば地方整備局に相談するところですが、残念ながら下水道を専門にキャリアを重ねた人材が少なく、悩み事に対して「青本にはこうあります」と返されてしまうと、なかなか辛いものがありました。われわれも当然青本の記載は理解していて、本当に知りたかったのは、青本の行間なのです。
松原 先日の大都市局長会議もまさにそうでしたね。国として「ウォーターPPPや下水汚泥の肥料利用拡大はこうあるべきだと考えている」という話に対して、寺川さんから「私はこう思う」と意見をいただきました。国は創設した制度に対して全国どこでも一律で適用するとなりがちです。寺川さんのご意見は大変ありがたいと思っています。
寺川 せっかく本省の部長にいらしていただいているのだから、その機会に自らの意見を言わないのはもったいないことです。
私が所属する大阪市建設局は道路や河川も所掌していますが、下水道が一番国と自治体、そして自治体同士のディスカッションを熱心に行う印象です。コロナ禍もあり、長いこと対面式での会議を行えていませんでしたが、以前は会議の時間が足りないくらいディスカッションが盛んでしたね。
Web会議も主流になりましたが、順番に発言しなければいけないこともあり、ディスカッションに必要となる人の話を聞きながら意見を返すというやり取りが生まれづらいですね。会話から出てくるものがきっとあるはずです。おかげさまで先日の大都市局長会議は非常に楽しくディスカッションさせていただきました。
直轄がないからこそ、地方の目線心掛けて…松原氏 ディスカッション通じて制度の熟度向上へ…寺川氏
■地域に応じたウォーターPPPの形
―ちょうどウォーターPPPの話題が出ました。大阪市はこの制度をどのように受け止めていらっしゃるのでしょうか。
寺川 国交省ではウォーターPPPの一つである管理・更新一体マネジメント方式について、その4要件を示されています。国としては全体を見渡して基本方針を示さなければ、自治体を指導できないため、こうしたものの必要性は十分に理解します。
ただ、われわれ大都市では、自らに合う形で官民連携を制度に先行して導入してきた経緯があり、これが国の示した4要件という基本方針と完全に一致しているかというとそうではない部分もあります。
例えば大阪市では、役所から分社してクリアウォーターOSAKAを設立する形で官民連携を進めてきました。その時代に合った最良の方式を選択してきましたが、これが管理・更新一体マネジメント方式の4要件とは必ずしも合致しない部分もあるわけです。仮にこれを認めないとなると、「後から政策を立案しておいて何なのか」となります。
大都市局長会議の場では、ウォーターPPPの本来趣旨に沿うためには、何をすれば良いのか、どう考えればいいのか、ディスカッションをしたかったのです。
松原 ウォーターPPPに関しては、杓子定規にルールを適用するのではなく、地域の実情に応じたオーダーメイドな形を目指すことが重要だと思っています。下水道部のメンバーにも、「仕事は少し大変になるかもしれないが、地域の実情を一つひとつ見ていくことが大事」と話をしているところです。
仮にウォーターPPPの失敗事例が出てしまうと、「やっぱりPPPは良くない」ということにもなりかねません。「制度をつくりました。さあどうぞ」ではなく、特に最初のうちは入り口で本省がフォローしていくことが必要です。令和5年度は補正で3・5億円の予算を確保し、ウォーターPPP検討のための定額補助制度を創設しました。予算の配分を行った都市については、本省で一つひとつフォローすることを考えています。
寺川 本省と地方のディスカッションがあることで制度の熟度が増すように思います。ウォーターPPPについても、本省としては4要件ありきではないでしょう。ウォーターPPPを上手く適用し、その制度の趣旨を達成するためにどうワークさせるかを本来進めたいはずです。われわれもその点は十分に理解していますので、ディスカッションをさせてもらえるのは大変ありがたいことです。
松原 制度の趣旨を踏まえて運用していくこと、そして制度を全国の市町村に浸透させていくことが重要です。下水道は直轄事業がありませんので、国としても公共団体の目線に立って仕事をすることを常に意識しています。
寺川 こうした考えに立っていただけることが本当にありがたいことです。ただ、若手の頃の松原さんは大変厳しい方でしたね。
松原 いや、そんなことはありませんよ(笑)。
寺川 いやいや「そうかぁ、本省の係長ってこんなんなんや」と感じたのを覚えていますよ。
松原 本省の係長は20代の若手も就く一方で、政令市の係長さんは40歳くらいで下水道の経験も豊富な方が務めますよね。歳の差を埋めるために強がる面もあるんです。
特に公共下水道課(現下水道事業課)の係長は、2年でワンクールなんですが、大阪をはじめ「手ごわい」近畿地区は、2年目の係長が担当するのが慣例でした。
寺川 確かに当時は、京都、大阪、神戸の3都市で対本省作戦会議と称して2、3カ月に一度は集まり、本省の制度を、自分たちにとって使いやすいようにするため、どうお願いできるか作戦を練っていたことを思い出します。現場の立場でやりたいこと、しなくてはいけないことがあるわけで、要件からは外れているけども制度の趣旨から見れば、おかしなことはないお願いをどう読んでもらえるか知恵を絞っていました。
先頭を切って他都市に模範を示して・・・松原氏 日本全体意識した目線が大阪の役割・・・寺川氏
■肥料利用へ大都市のアプローチ
―ウォーターPPPと並んで、下水汚泥の肥料利用拡大も重要な政策テーマとなっています。
寺川 下水汚泥の肥料化が重要な施策であるということは十分に理解します。ただ、大阪市をはじめ、大都市では処理区によっては排水の中に重金属物質が含まれていることがあり、単純に肥料化を進めることができない場合もあります。また、肥料の供給先を近くに確保できないため、コストがかさむという問題もあります。また大阪市の場合は、ほぼ全域がDID地区であり、その中で肥料化を進めるためには臭気の問題を解決しなくてはいけません。やはり東京都、横浜市、神戸市が取り組んでいるようにリン回収にフォーカスしないと都市部では、なかなか難しいのではないでしょうか。
肥料利用の拡大を進めるということの本来趣旨を考えると、日本の食料安全保障のためにも自給率を高めるということだと理解しています。特にほぼ全てを輸入に頼っているリンについては、その自給率を高める取組みを少しでも進めなくてはいけないでしょう。そのためには国交省だけでなく、経済産業省などが一緒になって国策として進めることが必要であり、下水道が1%でも寄与できるならば努力すべきことだと考えています。
一方でそのためにかかるコストについては、下水道使用料で負担するべきだという立場です。再生可能エネルギー導入の議論と同じで、カーボンニュートラルの達成には賛成するのに、そのために電気代が上がることには反対するといった総論賛成各論反対の話がついて回ります。やはり国民の意識を変えていかなくてはいけないと思います。それは国の役割でしょうし、強いメッセージを出してほしいと思います。
松原 大都市には、大都市に相応しい肥料利用のアプローチがあり、リン回収はその一つの選択肢でしょう。費用負担の面から考えれば、例えば高度処理の位置付けとしてリン回収を行う、析出したリンが配管内に付着するのを防ぐためにリン回収を行うという整理をすれば、下水道の本来事業としてリン回収を実施することもできると思います。大都市は規模も大きいので、こうしたアプローチで少しずつでも取組みを拡大してもらいたいと思います。
また、焼却灰やスラグなどから肥料成分だけを効率的に取り出せることができれば、量を確保できますし、肥料原料として肥料会社に供給するアプローチも考えられます。技術開発には少し時間がかかるかもしれませんが、実現できればこうした大都市ならではのアプローチにぜひ取り組んでいただきたいと思います。
寺川 肥料利用の拡大は、流通経路の確保や、施肥を行う主体など下水道だけで完結する話ではありません。民間とうまく連携することも考えなくてはいけないでしょう。公共だけで施設を運営するのではなく、民間のノウハウを取り入れることが必要です。
大阪市では、溶融炉の建て替え事業を行っていますが、炉の建て替え、運転、出てきた生成物の利用までをパッケージにして委託しています。事業公募をした当時は、下水汚泥の肥料利用拡大がここまで政策として盛り上がっていなかったため、リン回収の視点は抜けていますが、今後、委託事業者ともディスカッションしながら何かできることはないか考えなくてはいけないと思っています。
特に大都市の取組みは、周りの都市からも見られています。下水汚泥の肥料利用拡大を真剣に考えている姿勢を見せないといけません。
松原 体力も規模もあり、しっかりとした局長がいらっしゃる大阪市には、ぜひ先頭を切って模範を示してほしい思いです。大阪には日本全体を意識した視座を期待しています。
寺川 それは大都市の役割でもありますね。大都市局長会議の場に、本省の方がいらっしゃるのも、日本全体を意識した目線を持ってもらうためだと理解しています。
大都市では、係長クラス、課長クラスと職階に応じた会議体があります。やはり職階が下になればなるほど職責の範囲が狭まり、視野も狭くなりがちです。視野を広げるためにも、職階に応じて職員同士が集まり、やり取りする場を大事にしたいと思いますし、私自身もこの場で怒られたりしながら育てていただきました。
松原 おっしゃる通りですね。私も下水道事業課長の時と下水道部長に就任してからは見える景色が全く異なっていると感じます。職階に応じて自然と視野は広がるものですが、現代の複雑な社会の中で政策を進めていくためには、意識して視野を広げていくことが大切だと思います。
肥料化の話にも通じますが、下水道のことを、下水道だけで考えていくことが無理な時代になりました。かつての下水道部は、下水道の予算で自分たちで何でもやってしまおうというマインドでしたが、これからは他分野と連携し、お願いするところはお願いするという仕事の仕方が重要です。下水道の役割と下水道事業としてやるべき内容は違うことを意識する必要があるでしょう。
■「すげー!!」と思ってもらう
―大阪市内には、ランドマークとなる特徴的な構造物が数多くありますね。
松原 大阪の川には、大きな赤いアーチ状のものがありますよね。
寺川 そうですね。大阪市内を流れる安治川、尻無川、木津川には非常に珍しいアーチ形をした高潮対策用のゲートが設置されています。
私は、幼少期にそのゲートの近所に住んでいたのですが、町中に明らかに「変なもの」があるわけです。初めて見た時は「なんやこれ」と衝撃を受けたのを覚えています。それに対して興味を持つし、知ろうともしました。そしてゲートの役割を知ると、「すげー!!」と思ったものです。同じように衝撃を受けた子どもの中には、私みたいな仕事をする人が出てくるかもしれません。
また、こうしたランドマークともいえる構造物が、防災・減災に対するPRになるかもしれません。このゲートは老朽化が進行しているため、府では垂直型のゲートに改修しようとしていますが、一つだけでも残してほしいなという気持ちです。
防災の機能性や経済効率性という観点から見れば、垂直型の水門に改修するという判断は正しいものです。ただどこにでもある水門では、誰も衝撃を受けないでしょう。
松原 そういう点では、下水道だと消化タンクなどは目立ちますし、ランドマークになりますね。
寺川 常に目にするものに、インパクトが一定程度あれば「なんやろね」と感じてもらえるでしょうし、それが大事かなと思いますね。
松原 対談の会場となっている下水道科学館も、興味を持ってもらう入り口として適していますね。科学館で学んだ子どもたちの中から下水道を志す人が出てきてくれたら、これほど嬉しいことはありませんね。
また下水道科学館の隣にある海老江下水処理場も、違った意味でランドマークといえるかもしれませんね。駅前の道路から金網一つ隔てて、覆蓋のない水処理施設が見える下水処理場は、下水道のPRという点から大きなインパクトがあります。
このたび、大規模改築事業が完了するということで、私も新たな施設を見学させていただきました。事業手法として水処理施設としては、わが国初めてのPFI手法を採用し、二つの異なる水処理方法を併用することにより、晴天時、雨天時を問わず効率的な処理を可能とするとともに、敷地面積などさまざまな制約がある中で効果的、効率的な施設整備が実現されました。私は下水道の「フルモデルチェンジ」と称して、今の時代に相応しい機能を有する新しい下水道を構築していくという考え方を、さまざまな政策にビルトインすることを進めていますが、この海老江下水処理場の改築更新事業は、まさに「フルモデルチェンジ」のモデルケースといえるのではないでしょうか。
■万博と下水道展の同時開催目指す
―2025年には大阪・関西万博が大阪市内で開催されます。ぜひその意気込みをお願いします。
寺川 万博の会場となる夢洲には、万博開催よりも前に会議棟や展示会場が完成するはずでした。もし計画通りであれば、万博会場から歩いていける展示会場で、下水道展を開催したいという強い思いがありました。
当初の思いはかないませんでしたが、2025年には万博とともに、下水道展を大阪で開催することを目指しています。万博会場のどこかに、下水道展の会場となるインテックス大阪の情報を掲載して、興味を持った方を誘導する仕組みができないか、無事開催がかなえば主催者である日本下水道協会と相談しながら進めていきたいと思います。万博開催で海外から多くの来場者が見込まれていますから、この方々を下水道展へと誘導しない手はありません。「大阪で開催した下水道展はすごかったよね」と思ってもらいたいですね。
2014年に大阪市で開催した下水道展では、初めて会場内に飲食コーナーを設けました。会場のインテックス大阪付近に飲食店が少なかったことを受けて、発案したものです。大阪に来てもらうからには、ちょっとでも「面白いよね」と思ってほしいのです。結局、この時は発案したのはいいものの、肝心の私が開催前に異動で下水道を離れてしまいました。2025年までは建設局長の任期が残っていますので、今度こそはという気持ちです。目標来場者数は10万人です。
―ありがとうございました。