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2022年928日 (水) 版

エアレーション 「精神の自由さ」佐野大輔(東北大学教授) マイクリップに追加

 2022年5月2日付日本経済新聞の1面見出しは「「低学歴国」ニッポン 博士減 研究衰退30年」。研究者の端くれとして「研究衰退」と言われれば看過できないが、記事が指摘する「大学院への評価の低さ」などは、現場にいる身として耳が痛い。

 学生の立場を考えれば、同級生が学部卒・修士卒で社会に出ていく中、博士課程という将来が不確実な場に身を置き続けることは、大学院への社会の評価が低いのであれば、不安しか産まないだろう。昔から、幸福度は取り得る選択肢の数に比例するのではと思っていたので、将来が不確実な場に身を置くこと自体は一つの魅力ではないかと思っていた。

 しかし、最近大阪大学に異動された村上道夫先生に言わせると、幸福度が選択肢の数に比例するというのは20年以上前のアメリカで流行った時代遅れの心理学上の学説らしい。そう言われてみると、私が博士課程進学を決めたのも25年ほど前でした。

 村上先生によると、今は選択肢があっても「自分で決めることができない」ことによる不幸感が強調されるそうだ。研究職を目指しても、何かで行き詰まってしまい、もしかしたら研究職を諦めなくてはならないかもしれない。

 そうであれば、将来的な不確定要素が多い研究職は選択肢に入れない方が、不幸感の積分値は結果的に小さくて済むかもしれない。心理学が提供している解析結果は、おそらく時代も反映しているので、バブルや大災害など今の日本が辿ってきた道を考えれば、大多数の学生が博士課程進学を選択肢に入れないことは自然な成り行きかもしれない。

 それでは「自分で決めることができる」、いわば精神の自由さの面はどうであろう。精神が自由であることは研究職であろうがなかろうが必要だが、研究者はその職業柄、社会に顧みられていないことでも大事なことは大事であると論証することが一つの仕事になっている。つまり研究職は「大事なことは何なのか自分で決めることができる」職業なのだ。このことがもっと伝われば、流れは変わるだろうか。


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